野嵩石畳道(のだけいしだたみみち)は、琉球王府時代に整備された首里と各間切の番所を結ぶ(しゅくみち)
かつては、野嵩(のだけ)区との東外れから普天間川に架かる我謝橋まで約120m続いていたが、
現在はその一部のみ残されている。
1458年、「護佐丸・阿麻和利の乱」にて阿麻和利の軍勢に敗れた護佐丸の妻子がこの石畳道を逃げたとされ、
追っ手から放たれた矢が彼女の袖を引き裂いたことから、「袖離れ坂(スディバナビラ)」という別名もあるといわれている。
撮影日:2021年7月
≪情報≫
野嵩石畳道
所在地:〒901-2203
沖縄県宜野湾市野嵩3丁目ー34-8